harizzyのブログ

身の回りのよもやま話

葬儀あれこれ!

kemanai

土曜日、夕方6時26分着のみちのく号で帰省してきました、息子!
夕方4時ころから小雨が降ってて、そのころは上がってはいましたが、一応傘持って迎えに!
なんせ、バス停まで5分とかからないので!
そして、昨日、午後0時30分からの葬儀に出席!
帰ってきた息子は、個人の娘が同級生で息子が2学年下で剣道部でしたが、言われないとどちらもわからなかったと!
当然、息子も同級生の娘さん、気が付いたかどうかわかんねぇなって(笑
ざっと見、親族以外だと70名くらいの参列者だったみたい!
遺影は、穏やかな笑顔だったって!
何で亡くなったかは言わなかったので、ちょっとわからないなぁって!
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会葬御礼の品も、だいぶ様変わりしましたね!
昔は、と言ってもほぼ30年ほど前のわたしの、母、父が1年で相前後して亡くなったころのお通夜のお返しは「砂糖」でした!
ここでは、火葬してその当日にお通夜があり、翌日に葬儀及び初七日の法要が営まれますが、たいがいの方はお通夜に改装され、葬儀はほぼ近親者並びに初七日のご案内をされた方のみで執り行われます!
都合で葬儀に出席された方へのお返しも「砂糖」!
初七日の後にお斎に出席された方へは、別途引き出物が用意されてるという…!

で、今ふと思い出したのが、わたしの両親の前に、父の叔母が亡くなったとき、市役所に勤めてました父の姉の息子が仕切ったんですね!
その時、東京(上野)で仕事してた亡くなった方の娘さんが、「会社から花輪をあげるようにお金を預かってきてるので、領収書をもらっておいて! また、友達からも花をあげてほしいと預かってきてるので、そちらには会葬御礼のハガキを用意しておいて!」
なのに、その叔母の息子、「花輪はバランスが悪いから盛りかごにしたし、ここでは当日の回押す御礼っていう習慣がないから、そんなの出せない!」と、自分のやり方を押し通してしまいました!
亡くなった方の娘さんもかなりあきれてましたが、無理押しして騒ぎになるのも嫌だと結局折れることに!
今だとほぼ葬儀屋さんが仕切ってくれるので、そんなトラブルはなかなかないでしょうね!

思い起こせば、わたしも母の時にはちょっと(笑
当時はまだ自宅に祭壇をしつらえて、火葬前には家に安置してました!
そして、手伝いに親せきやご近所さんがやってきてあれこれしてくれるのですが、母方のまだ存命だった叔母のうち一人に台所を任せたんですが、いちいち聞きにくるわけですよ!
こっちが葬儀の段取りを手伝ってくれる方々と相談してるとこに、「あれするのに鍋どれ使えばいい?」
「これ盛り付ける皿はどれ使えばいい?」
と、まぁ些末なことをいちいち聞きに来られて、そのたびに席外してなぜかわたしが台所に行くという…!
葬儀そのものよりも、そんなやり取りで疲れたっけなぁ(笑
その時、我が家に行っとき最大70人いました!
食事もかわるがわる!
火葬まで祭壇の線香切らされないから、交代で夜明かしして…!
2月の母の時は、前の年の4月に生まれた二番目がいたので、かみさんはそっちに付きっ切りって言っていい状態だったから、ほぼほぼ一人っ子のわたしに!
しかもその時菩提寺の住職さんが、本山の永平寺に上がってたので、火葬は違う和尚さんに菩提の方から声をかけてそちらにお願いできたけど、葬儀は菩提寺の和尚さんが絶対って!
だから本来なら5日で出すとこを一週間かかりましたから(笑
なぜそうなったかって言うと、父の母、わたしから言うとおばあちゃんの実家がお寺さんなんです!
ですので、うちは寺族と言うことになるので・・・!
正直、頼みもしないのに、葬儀には菩提寺の住職、実家の住職、鳴りものと先導に二人と、まぁ、お坊さんがたくさん(笑
お坊さんの数は、翌年の父の時も同じでしたが、母で慣れてたので感慨はそれほどでもなかった(笑

余談ついでに、父のおじもお坊さんで、北海道の網走で住職並びに教区長迄された方!
亡くなったとき、葬儀に行きましたら、さすがにお坊さんの数もすごいものでした!
本山からもいらしてまして、総勢80人を越えるお坊さんの読経は迫力がありました!
葬儀ではないけど、近所のお寺さんの晋山式も出席させてもらって、いい経験させてもらいました!
あらあら、息子のお師匠さん、わたしのスポ少仲間の葬儀からあちこち飛んじゃいました(笑